no title
「それで、僕に一体何を求めているの?」
ルーシーは言葉を返すことができず顔を真っ赤にして俯いた。
その場から立ち去るより全て握りつぶしてしまえばいい。
ルーシーは自ら手錠を断ち切って炎のように燃え盛る掌をぐっと開き、めいいっぱい息を吸い込んだ。
肺が粘土のような空気で満たされ、透明に澄んだ青い目を見開いたとき、その掌に一羽の紋白蝶がとまった。
ルーシーは、そっと蝶を空に放った。
なまぬるい雨の降る夜
今よりも、もっとずっと酒の味などわからなかった頃。
暖かいような少し肌寒いような2月のおわり。あの日もなまぬるい雨が降っていた。
何かの同窓会だったと思う。旧友数名と再会した。あの子もすっかり変わってしまっていた。私は、昔のように屈託なく話すことができない違和感といっを流し込むように、飲めない酒を飲んだ。
店を出るときにはひとりでは立てないぼどに泥酔していた。初めての経験だった。
おぶってもらっている誰かの背中の上で揺られ、初めて味わう感覚を心地よく感じていた。
それも束の間、やがて身体が激しく体内の異物を拒み、これ以上なにも出るものがないというくらいに嘔吐した。こんなに苦しいものかと、いつになったら過ぎ去るのかと、何度も押し寄せる波に、身体を捩り、吐き出し続けた。原色のペンキをぶっかけたみたいに目の前がグチャグチャになって、やがて景色は歪み真っ白になった。
そして意識はなくなった。
はっとして目が覚めると誰かの家の炬燵の中で数人で雑魚寝していた。吐き気は収まっていたが、最悪の気分だったし、寝汗をびっしょりかいていた。
体を大きく伸ばすと足が何かにぶつかった。隣を見るとあの子が寝ていた。私を気遣ってくれていたのだろう、炬燵の端っこで身体を折り曲げるようにして苦しそうに寝息を立てていた。
私は胸の奥が少しチクリとするのを感じたがそのまま目を閉じた。
朝になり目が覚めると、皆帰る支度をしていた。
友人から「大丈夫か?」と聞かれ、私は「なにひとつ覚えていない」と嘘をついた。
翌日、あの子にお礼の手紙を書こうと思い立ち、封筒にしまったところでまた胸がチクリと痛んだ。喉の奥と心臓の間のあたりから何かが迫り上がってきて、急に恥ずかしくなって手紙を机の引き出しに仕舞った。
その手紙をいつ捨てたのか、どこかへ消えたのか覚えていない。
今日のような、なまぬるい雨の降る夜は、思い出したように胸がチクリと痛む。
叩きつけろ ただ嗅ぎつけろ 但し鍵は掛けない
ずいぶんと言葉を飲み込むのが上手くなった。
おぎゃあと泣いたその日から苦笑いを噛み殺す現在に至るまで、だんだんと、吐き出す量より飲み込む量が増えていった。
感情に秩序はなくそれはただ流れ消えゆく。
言葉に魂があるのならば胎児のまま消えていった言葉たちはどこで弔えばいい?
何もかもすべて借り物で沈殿したカタマリ。薄く重なり連なって、上澄みはより白濁してゆく。
君に見せたいものはこんなものではないのだけれど。
僕が見たいのはそういうものなんだよ。
叩きつけろ 消えて仕舞う前に
どこにいても 嗅ぎつけるから
いつでも扉は開けておくから
My grand mother's dream
祖母が他界して10年経つ。
部屋の掃除をしていたら、押入れの奥から祖母の日記らしきものがでてきて、思わず読みふけってしまった。
読んだ本の感想や他愛のない日常が書き連ねてあった。
祖母は本が好きだった。
祖母の部屋に入るといつも本を読んでいたのを思い出す。
本を肴に煙草を呑み、チョコレートを愛していた。
私がまだ幼いころ、芥川龍之介やトルストイなどをよく読み聞かせてくれた。
そんな祖母の日記を何気なく読んでいると、あるページでふと目がとまった。
「できることなら物書きになりたい。」
「貧乏から解放されて自分の好きなものを書いて暮したい。」
ばあちゃん。もうちょっと長生きすれば、夢叶ったのに。
ばあちゃんのblog読みたかったなあ。